これ?

LEITZ-MINOLTA CL+ NOKTONclassic 40mm F1.4 (S.C)





さっき、お通夜が終わりました

人の数だけ思いがあって、表現の方法があって
自分のと違うと判断したくなる自分もいる
でも、どうしてかがちょっとでも見えると

自分の好みは、別として
どれも全部アリなんだなって思いました

どの自分もいるとして、下から支えている
或いは
全ての受け皿になっている感覚
これが愛なのかな?って、改めて思いました

故人を愛しそうに語り合う
素敵なお通夜だったなって思いました


~~~ 犬山クラフトフェア ~~~
11月17日(日)
10:00~16:00
ぎゃらりー木屋さん
の前の通りを歩行者天国にして行います
(愛知県犬山市犬山東古券498)

コメント

Re: タイトルなし

harumi
コメントありがとうー
何かきっかけになったみたいで、嬉しいな (^o^)

絶対悪については
何か大丈夫かもってきっかけには、なったけど
表現の材料の一部として活用するには
まだまだだなーって思ってて

大丈夫だとか、受け入れつつあるってスゴいと思う

2013/11/18 (Mon) 20:48 | シマダ ヒサヨ #- | URL | 編集

下から支えている
或いは
全ての受け皿になっている感覚 かぁ。

なんかじわ~っときて、内面を探ったら、

それなら、自分の中の絶対悪を、受け入れられるかも、受け入れても大丈夫って思えて、受け入れつつあるのだと感じました。

ひさよの言うその感覚はまだわからないのだけど、
私も味わいたいな。

気づきをありがとう。



2013/11/16 (Sat) 23:52 | harumi #- | URL | 編集

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